山形の磐座


月山神社がっさんじんじゃ
山形県東田川郡庄内町立谷沢字本沢31


■月山信仰の原点、頂上に鎮座する磐座

 出羽三山は、月山(1980メートル)を主峰とし、 北に羽黒山、南に湯殿山をかかえる山なみをいうが、 最初に信仰の対象とされたのは月山である。 出羽の「山の神」として、死者のいく山として、 また月山の神として古くより崇拝されてきた。神 仏習合がすすむ平安中期以降、ツクヨミ(月読命) を祭神としながらも、本地仏は阿弥陀如来とされ、 山容が牛の寝姿に似ているところから臥牛山とも よばれた。頂上付近を「御 室 (おむろ)」と 称しているのは、月山の神がこもる意であろうと されている。
 その「おむろ」とよばれる頂上部、社殿の北側 に巨石が群れる場所がある。大和久(おおわく) 震 平(しんぺい) の『古代山岳信仰遺跡の研究』 を見ると、この巨石群こそ山頂遺跡のもっとも有力 な候補地ではないかと推測している。また、内藤 正敏氏は『東北学』創刊号で、「この巨石群は、 月山の神が影向(ようごう)する磐座であると共に、 鳥海山を拝む磐座だったのではないか」と、月山 信仰の原点であった可能性を示唆している。
(『磐座百選』より一部抜粋)





立石寺りっしゃくじ
山形県山形市山寺峯の浦


■知る人ぞ知る「元山寺」・垂水霊境の岩窟

松尾芭蕉が『奥の細道』で詠んだ

   閑さや岩にしみ入 いる蝉の声

という名句により一大観光地となった立石寺。
 休日ともなると山寺という別称からは想像できな いほどの観光客であふれる。(中略) じつは、山寺が開山される以前の「元山寺」と よばれる場所がある。根本中堂から700メート ルほど北東にある「峯の浦」地区で、山寺発祥の 地と考えられている。ここには「本院」とよばれ る地名が残り、修験場、薬師堂跡、即円寺跡など の呼び名が存在することから、中世の一大霊場と 推測され、数々の遺跡が埋もれていると伝承され てきた。
 これを検証するため、地域の人たちによって、 平成22~24年にかけて発掘調査が行われ、結果、 寺院の礎石とともに、縄文後期から江戸末期まで の遺物が出土した。いわば、狩猟や採集を生業と する縄文人たちの痕跡のうえに、原初の「山寺」 が営まれていたのだ。
(『磐座百選』から一部抜粋)




元に戻る

copyright©2017:未来へのメッセージ舎;all rights reserved.